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廃墟を公共の記憶へ変える
丹下健三の仕事は、戦後日本の制度的な再建とほぼ同時に始まった。広島平和記念公園と資料館は単なる記念碑ではなく、廃墟、軸線、ピロティ状の量塊、都市景観を組み合わせた公共記憶のシステムである。資料館の水平な姿と柱列は国際的な近代主義に近い一方、架構、屋根、敷地秩序という日本建築の感覚にも応答している。
この仕事によって丹下は、戦後日本を象徴する建築家となった。記念性を閉じた石碑にせず、市民が空間を通り、遺構を見て、展示に入り、都市へ戻る流れをつくる。建築は歴史を止めるのではなく、見続け、語り続けるための装置となる。












